最近よく聞く言葉ですね。
人それぞれ色々な捉え方や実践の仕方があると思います。
「食」が人間形成において大切だということは、太古の昔よりわかりきっていることですが、現代社会で、それを実感するのは中々大変なことだと、わが身を持って感じます。
ポテトチップとインスタントラーメンが、だーーーい好きな僕ですが、さすがに食べる機会や量は減り(減らし)、また、食べた後の便の状態などから、体に来たす影響なども実感する年頃になりました。
(もちろんポテトチップとインスタントラーメンだけのせいではないです。悪者にするつもりはありません。今でも大好きなので)
15年程前、両親の食生活改善に伴い、食事がかわり、社会状況の変化による升本屋の方向性の模索などがあいまって、自然と食に対する意識が変わり、いま自分なりに食に対する基準やバランスが出来ています。
自分で自分の食育をしている状態です。
ストイックに何かやってるわけではなく、添加物をなるべく摂らないとか、野菜をたくさん種類を食べるとか、肉食が続かないようにするとか、くらいです。
基本は升本屋のテーマである「旨健珍」(うまけんちん=おいしい!ヘルシー!めずらしい!)
ですから、おいしくなくてはいけません。
ただ、その「おいしさ」というものに対する感覚=味覚が変わって来ているのはとても感じます。
シンプルな、とか、素材そのものの、といった自然のものにおいしさを感じるようになりました。
東京に住んでいると、畑でとれたての野菜とか、釣りたての魚、とかを味わう機会がほぼ無いに等しいので、この数年で初めてそのおいしさや素晴らしさに気付いた程です。
少なからず食にまつわるこの仕事をしている僕でも、そんな具合なので、食に興味の薄い方は、もっと食に対してイージーであることは想像するにかたくありません。
そんな方が親になり、子供に食べさせるものは、当然その基準になってしまうので、子供も当たり前のように与えられたものを食べます。
おいしい野菜、おいしいお米、おいしいお魚、おいしいお水、食べ比べ、呑み比べるとはっきり言って別の物ですね。
30過ぎて知りました。
そんな大人をひとりでも減らす試み(?)
を、僕も卒業した北沢小学校では行っているとのことを知りました。
岩手県の農家さんや農協と協力して、年間行事に「出前授業」や「現地体験」を組み込み、子供たちへの「食育」を実践しているのだそうです。
今年で四年目にはいるとのこと。
PTAでその活動のサポートをされているAさんから、現地で栽培されたお米や野菜、生産日本一を誇る「雑穀」や雑穀の加工品などの、販売アンテナショップとして協力してもらえないか、という依頼をいただきました。
コンビニやスーパー、チェーン店では、出来ないこのような地域との協力関係は、個人商店としてとても大きな役割となり、存在価値でもあると改めて思いました。
どんな風に活動が広がっていくかは、まだ未知数ですが、少なからず「食育」という関心事に仕事として関われることは大変有意義であり、とてもありがたいことです。